個人事業主として始めた事業が軌道に乗り、ある程度の段階まで進むと考えるフェーズに「法人化」あるいは「法人成り」があります。
個人事業主では得られないメリットもあれば、法人化することで起こるデメリットも発生します。
法人化するタイミングを見誤らないためにも、どのタイミングで法人化するのがベストなのか、法人化によって発生するデメリットも事前に押さえておきましょう。
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サイト管理者の紹介 山口 真導 (株式会社アカウンタックス 代表取締役) 公認会計士・税理士 『起業5年目までに知らないと損する 節税のキホン』など節税や資金繰りを著書、YouTubeチャンネルによる動画配信するなど社長の手取りをトコトン増やすセミナーなども開催など資金繰りの悩みを節税対策と銀行対策で解決する専門家として活動。 |
もくじ
法人化するタイミングは3パターンある
個人事業主の事業が安定し拡大化すると、さまざまな面で不利に生じるものが発生します。税制や社会保障などがそれにあたりますが、そもそも法人化する頃合いは、どのタイミングなのでしょうか?
一般的な法人化のタイミングは、次の3つに分けられています。
- 利益額によるタイミング
- 売上額によるタイミング
- 業種・季節によるタイミング
上記のタイミングを見極めることで、多くのメリットを受けられるでしょう。
利益額によるタイミング
法人化するひとつめのタイミングは利益額です。
税負担額が大きく変わるといわれる所得800万円が、個人事業主が法人化するタイミングとしての目安になります。具体的には以下のように違いが出ます。
個人事業主 | 法人 | |
適用される税額 | ・所得税:5~45% ・復興特別所得税:2.1% ・住民税:10% これらすべて |
法人税 中小法人:15% 大法人:23% |
利益800万円と仮定した場合の税額 | ・所得税:360万円 ・復興特別所得税:16.8円 ・住民税:80万円 → 総額:456.8万円 |
・中小法人:120万円 ・大法人:184万円 |
※個人事業主の所得税率は45%で計算
個人事業主に適用される税制でもっとも大きな負担になるのは所得税です。所得税には所得に応じて「超過累進税率」が適用されます。所得が多いほど課される税額が上がるため、利益が多いほど多額の税金を支払う必要が発生します。
一方で法人税の場合は、800万円を超えると適用されるのは「超過累進税率」ではなく「比例税率」です。つまり、どれだけ利益が出ても税率は変わらなくなっています。なお、その他法人にかかる税金もありますが、全体の30%ほどしか税負担はありません。
このように、利益額から判断して法人化するのが、ひとつのタイミングです。
ただ、この考え方は一般論でしかありません。もし手取りを最大化したければ法人税の税率が低いからといって法人税を払わないように注意して下さい。
売上高によるタイミング
ふたつめのタイミングは売上高です。
所得に関係する利益額とは違い、こちらは消費税の納税義務が発生するか否かの問題での法人化になります。法人化することで、消費税の納税開始時期を2年間遅らせることができます。
消費税の課税対象になる基準は以下のとおりです。
個人事業主 | 法人 | |
課税基準 | ・2年前の消費税課税売上が1000万円を超える場合 ・前年の前半6か月の課税売上が1000万円を超える場合(期間は1月1日~6月30日) |
・2年前の消費税課税売上が1000万円を超える場合 ・前年の前半6か月の課税売上が1000万円を超える場合 ・資本金1000万円以上の場合は例外で課税対象 |
課税期間 | 暦年 | 事業年度 |
課税基準は個人事業主も法人も同じですが、課税されるタイミングは違います。
もし、個人事業主で消費税の課税対象になったタイミングで法人化すれば、最長2年間免税対象になれる可能性があります。ただし、資本金1000万円以上で法人設立すると、特例で消費税の課税対象になるので注意が必要です。
業種・季節によるタイミング
業種によっては売上高がピークになるタイミングで法人化するといいといわれています。
売上のピークで法人化すると、節税効果を見込めることもあります。大きなお金が動く不動産仲介業者などは、年度末の引っ越しシーズンに合わせて法人化するといいでしょう。
ただし、時期を逃す確率も高いため、各種書類や手続きから逆算して狙った時期に法人化できるように準備が必要です。
法人化することで得られるメリット
個人事業主が法人化することで得られるメリットは、主に以下の3点があります。
- 節税対策になる
- 各種社会保障の対象になる
- 社会的信頼度が上がる
一般的に法人化のメリットは、節税面で言われることが多いでしょう。しかし、それ以外にもいくつかのメリットがあり、法人化することでさらなる事業拡大のきっかけとなる場合もあります。事業主本人だけではなく、社会全体にメリットがあるとも言えるでしょう。
節税対策になる
法人化すると、課税所得のみならず、多くの面で節税対策になります。以下の項目が節税対策に有効です。
- 給与所得控除
- 配偶者控除・扶養者控除
- 生命保険控除
- 居住部分にかかる家賃の経費化
- 出張手当の経費化
- 退職金制度
特に、個人事業主では一部しか控除の対象にならなかった家賃が、居住部分も含めて控除の対象になります(ただし所得税の定めにしたがって計算した負担金の支払いは必要)。このほかにも、控除の対象になる項目が増えます。法人化することで、個人事業主ではできなかった節税対策ができるようになるのです。
各種社会保障の対象になる
法人化することで、退職金制度の創設も可能になり、社会保障の手厚さを拡充させることもできます。
また、個人事業主では国民健康保険であったものを社会保険に切り替えらます。年金も国民年金から厚生年金にできるので、社会保障費の軽減だけではなく公的な保障の対象になるのです。
社会保障制度が導入できると、事業主本人だけではなく家族や従業員の保障も拡充できます。法人化することで、事業にかかわる人の生活がよりよくなる可能性もあります。
社会的信頼度が上がる
法人化することによって、個人事業主で開業していた頃よりも社会的な信頼度が上がります。あくまでも感覚の問題でしょうが、法人化した=それだけ多くの顧客に必要とされているというメッセージにもなるでしょう。名実ともの代表取締役になるので、事業主本人の信頼度も上がります。
一方で、個人事業主以上に社会的責任を負うことになるのも事実です。法人化するとは、信頼を獲得で切る反面、責任がより重くなることも覚悟しなければならないでしょう。
法人化することで起こりうるデメリット
メリットが多い法人化ですが、一方でデメリットが発生することも忘れてはいけません。
個人事業主ではそうでもなかった事柄が煩雑になったり、節税出来た反面、出費がかさばる項目もあります。メリットだけが強調されることが多い法人化だからこそ、個人事業主は今後何が起こるのかを知っておく必要があるでしょう。
全体的な業務が煩雑になりがち
特に会計処理に関しては業務が煩雑になりがちです。
自身への役員手当を含む給与計算や法人住民税の計算など、その項目は多岐にわたります。同時に、仮に赤字計上をしたとしても、従業員への給料や社会保障費の負担は否応なく課せられます。経理の負担が特に重たくなることを覚悟しておかなければならないでしょう。
人数によっては社会保険料の負担が増す
社会保険への切り替えは一見すると支払う費用面でメリットが大きいと思われがちですが、社会保険・厚生年金の総額と国民健康保険・国民年金の総額では後者のほうが安いです。
むしろ従業員の人数によっては、社会保険料が高額になる可能性もあります。
個人事業主であれば、従業員5人未満での社会保険加入は任意です。しかし、法人場合は人数にかかわらず社会保険への加入が義務化されているため、負担が増加することを覚えておきましょう。
業種によっては許認可取得の必要も
法人化することで、個人事業主の時には必要なかった許認可が必要になる業種もあります。
「許可」「認可」「届出」「登録」の4種類があり、いずれかの申請をする必要がある場合もあります。また、許認可を得た場合には、定款にその旨を記載しなければならないなど厳格なルールも求められるのです。
あわせて許認可を受ける際に一定額以上の資本金を設定する必要がある場合もあるので注意が必要です。
法人化するために必要なこと
個人事業主になるときには、極端な話、開業届があれば誰でも開業することができます。しかし、法人化となると話は別。より煩雑な手続きと準備が必要です。法人化するにあたっては各種法律で定められている書類や申請書を作成し、しかるべき場所に提出する必要があります。
法人設立に必要な各種準備を進める
法人設立に伴って必要になる準備は多岐にわたりますが、特に重要なものは次のとおりです。
- 会社名(商号)
- 本店住所
- 事業内容
- 資本金
- 決算期
個人事業から法人設立になるため、会社名を変えることもできます。その際には新たな印鑑類も必要なるので忘れずに作ってください。
事業内容に関しては、現在の事業内容のほかにも今後展開したい内容も記入できます。しかし、あまり多くの内容を書きすぎると、融資先がいい顔をしなくなるのであまり欲張りすぎないようにしましょう。
また、法人化するに伴って、個人事業の廃業手続きも必要になります。法人設立の書面を提出しても、自動的に個人事業の廃業とはならないため注意しましょう。
定款を作成し法人登記する
法人設立に必要なものに約款があります。
株式会社の場合は定款を認証してもらうために1度公証役場に持っていく必要がありますが、それ以外はどの形態の会社でも変わりません。定款の内容は、主に次のとおりです。
- 代表者の印鑑証明
- 法人の実印
- 約款
- 就任承諾書
- 発起人決議書
これらの書類をまとめて、登録免許税と一緒に法務局へ提出すれば法人登記は完了です。なお、登録免許税は資本金の7/1000の額(最低15万円の規定あり)を納める必要があります。
労務・税務にかかわる各種申請
設立登記後には、労務・税務関係の申請に行かなければなりません。
内容は労働関係、税金関係、社会保険関係が中心で、労働基準監督署や税務署、各自治体にて申請する必要があります。最近では「法人設立ワンストップサービス」と呼ばれる、国主導の一括申請システムも用意されています。すべての窓口に回っていると時間もないでしょう。ぜひ活用することをおすすめします。
法人化するタイミングでまずは税理士に相談を
法人化には適したタイミングはあるものの、絶対に法人化しなければならないわけでもなく、どこかから法人化を勧められるようなこともありません。
すべて事業主の判断次第ですが、法人化するときには税理士に相談をしてください。ここまで説明したとおり、法人化にはさまざまな手続きが必要になり、とても独学でカバーできる内容ではありません。
法人設立を検討しているのであれば、まずは税理士を探して相談するようにしましょう。
まとめ
個人事業主が法人化するかしないかは、事業主のタイミングにかかっています。
もし法人化を前向きに検討しているのであれば、今後のことも考えて税理士を探しておきましょう。
また、法人化するにあたってのメリット・デメリットをよく把握しておき、本当に法人化したほうがいいのかきちんと判断することをおすすめします。